04/23

2011

「福島へ・・・」


おはようございます。前回に続き、近況報告です。

先週は福島県の飯舘村と川俣町にお訪ねし、これから大変な不自由をおかけする計画的避難区域について説明をさせていただきました。ニュース等で、どのように報道されたかは分かりませんが、村長さん、町長さんをはじめ、住民の皆さんにも大変理性的かつ建設的に接していただいたと、心から感謝をしています。
田畑、家畜、そして代々伝わる土地を離れるということが、安全のためとはいえ、いかに身を切られるようなことなのか、働き口や収入の見通しが立たなくなることの不安はいかほどのものなのか、言葉では言いあらわすことができません。とはいえ、説明会のあとには何人もの住民の方から「よろしくお願いします」と手を握られました。「できる限りのことをしなくては…」と逆に頭が下がる思いでいっぱいでした。説明会以降も、町長さん、村長さんと何度も連絡を取り合いながら、昨日、計画的避難区域や緊急時避難準備区域等の発表に至りました。佐藤県知事にもお目にかかりました。関係者の皆さんには本当にご苦労をおかけいたします。

また、一昨日は、菅総理と、原発から20キロ圏内の住民の皆さんの避難所にお伺いしました。大熊町の皆さんは、ほとんどが会津若松市に二次避難されていますが、30名ほど残った避難所では、段ボールの仕切りに囲まれながら、大変ご苦労をされている姿を目の当たりにしました。郡山市の「ビッグパレットふくしま」では、富岡町や川内村の住民の皆さん約1600人が避難されており、40日以上不自由な生活をされている中で、お一人お一人から口々に「よろしくお願いします」「早く家に帰りたい」「原発を何とかしてほしい」と言われました。
政府は、住民の気持ち、各首長の思い、県の意向も充分に配慮しながら、これらの避難の準備と、新たな居住環境の整備を進めていかなければならないと思っています。なかなか至りませんが、懸命に取り組むつもりです。

昨日から、国の役人を飯舘村と川俣町に派遣しました。「それぞれの自治体にしっかり寄り添って業務をしてください」と指示をしました。もうすでに避難されている方、これから避難いただく方の苦しさや悲しみ、悔しさを、いかに受けとめられるか、だと思います。まだまだ原発の状況は、予断を許しません。東電が発表した6~9ヶ月後に何とか収束の見通しを、というロードマップを一日も早く実現する、その間も、しっかりモニタリングや土壌調査、そして住民の皆さんのご意向を踏まえながら、自らの故郷に帰っていただくための準備をしていかなくては、と考えています。

一方、国会では、補正予算や震災関連法案の議論が始まろうとしています。自民党、公明党をはじめ、各政党の協力を得て、一日も早くこちらも成立させていきたいと思います。