03/07

2012

「福島訪問」


こんばんは。
3.11東日本大震災からもうすぐ1年になろうとしています。
昨日、昨年の秋以来になりますが、福島を訪れました。

福島県庁に先がけて朝一番で、計画的避難区域の飯舘村を訪問。
議会初日の慌ただしい中を、菅野村長、門馬副村長にお目にかかりました。村長は、「までい」な飯舘の村づくりの努力が原発事故で一瞬にして吹き飛んだ悔しさ、悲しさをずっと訴えてこられました。震災後、何度もやりとりした村会議員の皆様にもご挨拶をさせていただきました。
除染、線引き、復興の長い闘いが続いている中で、「放射能の問題は、村民がバラバラになることを理解してほしい」と言われました。

福島県庁では、佐藤知事、内堀副知事と懇談。
知事から様々な課題に言及いただきましたが、「絶対に福島の原発事故を風化させてはいけないが、報道によって風評が広がる。風化と風評は背中合わせだ…難しい…」という言葉が心に強く残りました。
県庁にある原子力災害現地対策本部も訪れ、副本部長から、現在の活動状況と警戒区域・避難指示区域の見直し作業について説明を受けました。また、原災本部で勤務する各省庁や県庁、自衛隊等から派遣された職員の方々に激励をさせていただきました。

県庁をあとにし、川俣町へ。
ここも計画的避難区域で山木屋地区の皆さんに仮設住宅の生活をお願いしています。
古川町長にも、震災発生以降、大変なご苦労をおかけしています。昨日は、仮設住宅にも連れていただき、思いもしなかった、住民の皆様のお話を伺う機会まで作っていただきました。
この仮設住宅は、官房副長官の時にわざわざ入居式に呼んでいただいた場所です。
ファミリーマートさんが、仮設の横でやはり仮設のプレハブで営業してくれています。再会した大内店長は避難区域の山木屋の出身。「がんばっています」と力強く話されていました。
住民の皆さんからは、「寒さ対策は何とかなっているが、やはり1人暮らしには狭い、不安だ」「山の除染は本当に放射能を除去できるのか」等々、不安な心情を伝えていただきました。

その後、郡山市にある富岡町の仮設プレハブ庁舎へ向かいました。
富岡町は全域が原発から20km圏内の警戒区域です。住民の方々は、郡山市、いわき市をはじめ、多くの地域に避難されています。町議会の時間が延びてしまい、遠藤町長には残念ながらお目にかかることはかないませんでしたが、自衛隊が実施した富岡町庁舎の除染活動の写真を拝見しました。大変な作業に頭が下がりました。
町長からは後から電話をいただきました。

この1年間、震災の被災地の皆様には大変なご苦労をおかけしてきました。
福島については、福島復興再生特別措置法案の見通しは立ちましたが、今後、避難区域の見直し、除染、賠償等々まだまだ課題が山積しています。
私自身、今は政府から離れましたが、当時震災に関わった者の一人として、引き続き、住民の皆さんに寄り添いながら、努力していきたいと思います。


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